他人に怒られることってありますか?

子どもならまだしも、いい大人がですよ。
その店は、よくわたしのことを叱ってくれます。
怒鳴られるわけではなく、ましてや体罰や暴言を受けるわけでもありません(笑)

さりげなく、おしつけることもなく、優しく、沁みるように。
他人に対して無関心で不親切な世の中で、有り難いことです。

今日も怒られに行きましょうかね〜。
中野からネブラ坂をトボトボと下りながら行くもよし。
高円寺から幅があって流れの速い環七という川を渡ってはるばる行くもよし。
それで今日も明日も幸せになれるのならば。

<ネブラスカの信さんには15年来お世話になっています>

そうなんです。
高円寺人 第一回で紹介する山根信司さん(信さん)は、オレがずいぶん前から通っている音楽バーのマスターなのです。

オレがこのコーナーをやるにあたって、慣れない最初はよく知っている高円寺人がやりやすいのかな~というのと、オレ的には是非とも第一回は信さんにしたかったという、そんな思い入れもあるわけなのです。

<ネブラスカへの階段>

ひとりのおっさんがいた 呑むものすべて 酒だと信じてた

呑み屋が閉店しても あそこに行きさえすれば 酒を呑ませてくれる
うううー うーうううー おっさんは天国への階段をのぼる

お酒 お酒 そんなに呑んでも 本当に天国へ行けるのか

鳥が歌っても 自然が美しくても すべてが酒のツマミだと思ってる
ああ どうしたことか ああ どうしたことか

そこを目指すと 特別な気持ちになって 魂が声をあげる
頭に浮かぶのは ジーザスの微笑み そして呑んだくれたちの笑い声
ああ どうしたことか ああ どうしたことなのだろう

あいつが言った あの曲を口ずさめば ギター弾きが道を指し示す
そして今日も 朝がやってくる そして笑い声がこだまする

ああ どうしたことか ああ どうしたことなのだろう

そこが人生で大事なところと知れば オレは救われるのか
酔えば疲れれば そこへ足が向く 天国への階段なのか
 
あの道を店に向うにつれて オレの魂は熱くなる
ほら店にはみんなも知っている ジーザスが待っているのだ

ジーザスはグラスを輝かせ 教えたくてしょうがないのだ
どうやって酒を呑んでれば 幸せになるのかを あの調べが聞こえるのかを

そしてジーザスはお釣りを取りにネブの階段を登っていく

<谷中のジーザス>

以前、オレがボーカルをしていたバンドで、ネブラスカの信さんをモチーフにLed Zeppelinの「天国の階段」の替え歌を歌ったことがあります。

ネブラスカがある通りが以前「谷中通り商店街」と言われていたことと、信さんのその風貌から、店のお客さんたちに「谷中のジーザス」と呼ばれていたことにヒントを得て、替え歌の歌詞を書いてみたんですよね。

開いている、待っていてくれる、酒が呑める、微笑んでくれる、笑い声が聞こえる、教えてくれる、指し示してくれる、救われる・・・。

まさに「谷中のジーザス」は、呑んだくれや迷い人の救世主として、どんな客も拒むことなく受け入れてくれる「ネ申」のような存在なのです。

<どうして「ネブラスカ」?>

「ネブラスカ」の由来?

お~簡単さ、ブルース・スプリングスティーンのアルバム「ネブラスカ」だよ。

「ネブラスカ」はね、1987年7月7日に開業してね、今年32周年。そのときオレは34歳だったね。だからもう66歳、年が経つのは早いねぇ。
ここに来ていた連中も、みんな50代になってるでしょ。その当時はみんな20代でねぇ、希望とか夢に溢れててね~。そんな話ばっかりしてたよ。

ここで店を開いたきっかけ?

高円寺に「時代屋」って店があってね、よく呑みにいってたんだけど、そこのマスターに「山根さん、店やってみない?」って言われてね、そのとき丁度ここ空いてたのよ。
年齢も34でなんか店でもやってみようかなと思っていたもんだから乗っちゃってね、「じゃ、どこ?」って店を見に来たらけっこう駅から遠くってね、大丈夫かな~って不安だったんだけど、昔ここは「谷中商店会」って言って昭和な佇まいの商店街でね、銭湯も近かったから学生とか独身の男の子がたくさんいたから、じゃあできるかな、試しにやってみようかなと思ってやることにしたのよ。
魚屋さんも2軒あったし、八百屋も2軒あったし、定食屋さんも4軒ぐらいあったんだよ。だから、イケるかなぁ~って。

まあ、よそ者なんだから不安もあったけど、夜のお店も向かいに「このみ」って言う地元の人が集まる居酒屋があったり、「けいこ」って言う昼は定食屋、夜はスナックって店もあったりとかね。

<「ネブラスカ」をやる前>

雇われ店長をやってたんだよ。スナックとか当時で言うカフェバーの店長とかね。
カフェバーは鷺宮の駅前にあって、頼まれてね。最初は断っていたんだけどね。元々料理人だから、酒を売る店ってやったことがなくって大丈夫かと思ってたんだけどね。

「ネブラスカ」やる直前は高円寺のエトワール通りに「むげん」ってスナックがあって、そこで女の子使いながら2年ぐらいやってたかな。バブルのころで景気よかったからね~。

<始めるときのコンセプト>

料理人から酒を売るカフェバーの雇われ店長をやるようになったときに、オーナーから「どんな店にしたいの?」って言われて、小中高校生時代に音楽が好きでレコード集めてたもんだから「あっそうだ、レコードだ!」って思って、島根の田舎からレコードを取り寄せてね、レコードをかけながらの店をやりたいってことでやり始めたら、けっこう音楽好きの連中が集まってきて盛り上がったんだけど、その店は長くは続かなくて閉めることになったけど、その後に「ネブラスカ」をやるときもそんな店をやろうと思ってね。

<金が無くってねぇ~>

高円寺は音楽をやっている人種も多かったから、店を閉めた後も「また、あんな店やらないの?」って言われてて「やりたいなぁ~」って思ってたんだけど、如何せんお金が無かったからねぇ~。
でも、昔からの仲間にも音楽をやっているのが多くて、そいつらが支えてくれたもんだから「よし、やるか!」って。

今の店を譲ってくれた「時代屋」のマスターも譲渡金を「ローンでいいよ」って言ってくれて。やる気持ちは満々で友達も多かったもんだから、資金をカンパしてもらったりして。
最初の開店資金で100万円ぐらい現金が欲しかったんだけど、一番最初に「開店資金100万円ぐらい用意したいんだよ」って相談した人が全額貸してくれてね~。嬉しかったよ。持つべきものは~ってね。

で、ローンでいいって言われた譲渡金あわせて350万円ぐらいかかったかな。それでオープンして10ヶ月で全部返しちゃったな。

<いきなり大繁盛!>

当時、バンドブームだったでしょ、音楽やっている連中が集まってきてさ、良かったんだよね、最初から良かった。ジャンジャン客が来たよ。

二階は住居になってて5畳ぐらいあるのかな。そこに15人ぐらい上げてね、みんなそこで呑んでるわけよ。下は下でカウンターも座って立ち呑みもいて、それでも入らないから外に10人ぐらい呑んでるわけよ。すごかったよ。そしてそれがずーっと続いたんだよ。

<苦情からのお巡りさん>

苦情?来た来た来た。そりゃ絶対来るよ~毎日来てた。もう警察のお巡りさんの巡回経路になってて、1回目来たときは注意されなくて、外の客もみんな「来た来た」って中に入ってギューギュー詰め状態になって、2回目来たときに言われるわけよ。

みんな音楽やってるから歌うのよ。みんなで歌うから大合唱なのよ~。レコードとかと違って人の声ってものすごくうるさいんだよねぇ。そうすると怒られる、お巡りさんが来てね「うるさい!」って。そうすると、「今日は誕生日のやつがいて、いつもより盛り上がりました」って。警官が「お前のところいつも誕生日だなぁ~」ってなるわけ、誕生日ばっかり。(笑)

そういうことがあったねぇ。注意だけで始末書も書いたこと無かったからね~。一度は警察署にも行ったんだよ。
「すみませんでした」で「気をつけなよ!」でチャンチャンみたいな。そんないい時代だったんだね。

<一番悲しいのはケンカ>

一番悲しいのはケンカだよね。32年やってるとね、どうしてもね、あるんだよね。それが一番辛いよね。

この店の扉はねぇ、何回も壊されてるからね~ホントだよ。(笑)
なかにはね、注意すると逆切れしてグラスを投げてくるとかね。フッと避けるんだけどね。あとタバコを投げつけてきたりね。酔っ払ってるから訳判らないんだけど、どうしても会話の途中にテンションが上がってきちゃって。こっちも言っちゃうこともあるから、そうするとカッときてね、やっちゃうわけよ。

20代の音楽やっているやつらが多かったんだけど、どうしても音楽やっているところでお互い熱くなってぶつかっちゃったりして、まあ殴り合いは無いけど押し問答だね。みんなで止めるからね、兄弟ゲンカだね。

最近もたまにはあるけどね、みんな年も取ったから。今もしょっちゅうあったら、たまったもんじゃないよ。(笑)

<高円寺はロックの街>

高円寺ってライブハウスがすごく多いんだよね。
高円寺は全国的にも有名だから、ミュージシャンたちが集まってきて、ライブやったり、リハやったりして、そのあと打ち上げとかで居酒屋に行ったりして、みんな若いからドンチャン騒ぎするわけさ。
そしたら、高円寺の居酒屋が「ロックミュージシャンお断り!」ってなっちゃって。そうするとそういう連中がうちみたいな店に来るわけよ。

人伝てにね、「面白い店があるんだよ~あそこはミュージシャン大丈夫だよ~」って聞きつけてきてね。

<高円寺は外人さんの街>

一度、打ち上げで60人ぐらい来てね、こんな小さな店に60人も、朝まで。
外人さんとかもたくさんいて、バブルの時代は外人さん良かったのよ。外人向けのミニコミ誌に載ってたから、けっこう来てね~。いま以上に多かったよ。
気がつくとカウンターみんな外人さんだったり。そんなときいつもの常連客は、英語がしゃべれるやつは1階にいるけど、しゃべれないやつらはみんな2階に避難するのよ。(笑)

今の外人さんはみんな日本語上手だけど、当時の外人さんはほとんど日本語がしゃべれないから。だから今は楽だね。せっかく来てもしゃべれないと意思の疎通ができないもんね。

シカゴ出身の「ダグ」っていうべーシストがいてね。
バブルが崩壊したときにシカゴに日本人の奥さんを連れて帰ったんだけど、「TK」っていうネブラスカの常連客がブルースの修行でシカゴに行って、向こうのホームパーティに参加したときに、偶然に会ったダグから「日本人?」って話しかけられて「高円寺だ」って言ったら、「高円寺に素晴らしい店があるんだよ!」て言われて、TKが「JIROKICHI?」って答えたら、
「違う、ネブラスカだ!」って、かなりビックリしたらしい。(笑)

<街場の洋食屋さんをやりたかったけど>

まあ、目論見通り音楽をやっている客を意識してバッチリ当たったし、こんな小さなチョットバーだけど、32年間やってきて良かったと思っているよ。

料理人として、街場の洋食屋さんをやってみたいなぁ~って思ってたんだよ。でも音楽好きだし、ここは音楽好きな連中が集まる店だ、オレの中ではね、納得してるよね、自分がこれまでやってきたことをね。

レコードをかけながら店やってるんだけど、シングル盤がヤバイのよ、大変なのよ。
料理も作りながら、お酒も出しながら、会話もしながら、シングル盤をかける、一人で何役もやらなくちゃいけない。
そのうちケンカが始まると、焼きそば作りながら「こら、待て!」って、どうしたらいいかなって、お客さんに頼んだり、てんやわんやでね。

<出禁にはしない>

ひとクセもふたクセもある客が多い中で、「もう二度と来るな」とは言わない。
「またおいで、でも今日は帰りなさい」と言う包容力。
まあ、そんな大層なことではないんだけど、情もあるし、差別はしない、その人も状況が違えばいいところもあるし、それも知っているから。
誰でも嫌なことがあったり、気分が荒れてたりすることもあるからね。

そんなときはケンカも起こりやすいから、そうなる前に「早めに帰った方がいいよ」って言うんだよ。でも、そんなときに限ってなかなか帰らないんだよ~。(笑)
それって、言うタイミングなんだよ。言うタイミングを外してしまうと「オレ、帰んねぇ!」ってなっちゃうんだよ~。(笑)
そうすると心配してた通り、そのあとケンカしたりして、「ああ、やっぱり帰しておけばよかった~」って、そこが難しいんだよ。

<帰らない客はずっといる>

一度帰らないとなったら、朝までいて帰らず、昼までいて帰らず、翌日の開店時間にもいて、引き続き呑み続けて、まだ帰らず、そうそう、2連荘、3連荘ってのもあるねぇ。若かったんだろうなぁ~。

店は朝5時までが営業時間で、5時まではオレも営業でカウンターの中の人間だから、そんな対応はしているけど、5時過ぎるとオレもカウンターの向こう側に参加して言いたいこと言おうかな~って。

昔の連中はそんなときのオレに対して面白がっていたね。本音トークになるから、5時過ぎると。そうするとみんなで討論になるんだよな。それで、ずう~っと続くわけ。

で、気がついたら「あれっ?」ってお昼過ぎて1時、2時、3時になっちゃうわけよ。客、店主関係無くカウンターを越えて討論に白熱してね。そういうのが面白いんだよね。
今日は時間切れだからここまでじゃなくて、とことん話し合いたいんだよね。納得しなくても語り尽くしたい、今日一日の話をね。
基本的には音楽の話だよね、バンドの悩みとかさ。

<熱く語っていたら寝ちゃう客も>

寝ちゃうやつもいるね。ある客と熱く語っていて、気がついたらまわりの他の客がみんな仲良く寝てるんだよな。そんなこともあったね。なんだか寝心地がいいらしいんだよ。

みんなカウンターの中のオレを見てるでしょ、熱く語っているときは。外が明るくなっても気がつかないんだよ、カウンターの中からみんなを見ているオレ以外は。(笑)

<語り草な客たち>

語り草になるような客?
うちの客は、男も女もオールスター揃いだよ。たくさんいるんだよ、すごいやつや、面白いやつ、有名になったやつもいるしね。

ただ、長く店をやっていると亡くなってしまう客もいてね。こういう店って、小さな空間だからお互いに親密になるでしょ。一度来てくれるとみんな常連になってくれる人が意外と多いんだよね。だから関係が近くて密になってくるから、自然と仲間意識ができやすい場所なんだね。それだけに別れは辛いな。

出会うこともいっぱいあるし、それは楽しいんだけど、寂しいね、別れると。

家族以上に一緒にいたりするからね。別れた人たちとのいろんな情景があるよ。心の中にしまってあるよね。

<語り草な客たちが訪ねたい店>

他所では出禁になるようなやつも、ここでは仲間だったりするでしょ。そういう反面を見る場所でもあるんだよ。他では表ばっかりでしか見てないから、その逆、内面が映し出されるような空間でもあるわけ。それが面白いね。
だからオレもやめられないっていうのもあるよね。

みんなそんな店を求めている。でもそこまで許してくれる店も、自分が許せる店もなかなか無い。

駅から遠くて、まわりになにも無くてポツンとある判りづらい店なんだけど、みんなここを目指して来てくれるんだよね。
そういう意味ではありがたいなと思うわけよ。遠いところからね「ネブラスカに呑みに行こう~!」って来てくれるわけだから。

<みんながいつでも帰って来られる>

オレにとか、ここに来ている誰かに会いたいって来てくれる、仲間とか家族に会いに来るような感じでね。

みんないろんなところに散らばっているけどね。蒲郡とかね、宮崎、広島ね。いろんなところにいろんな仕事で散らばっているし、そんな面では、ここを守るというか灯台の防人みたいな感じ?そう、防人の気分です。(笑)
いつでも高円寺の「ネブラスカ」を目指して帰って来られるようにね。

<出逢い、そして持ちつ持たれつの関係>

ここで店をやっていて、いい人たちとの出逢いがあるなぁと思っているよ。でないと維持できないよ。(笑)

いろんな人と出逢って、いろんな人たちが「ネブラスカ」を大事にしてくれているっていうのは、だからこそ自分もやりがいがある。
持ちつ持たれつの関係のなかで、お互いの人生をどうぶつけていくか、突っ込んでいくか、が意味のある気がするし、それができているような気もしているよ。

<若いころの夢>

若いころはここを足がかりにして駅前とかにもうちょっとシャレたバーを出してなんて思ってたこともあったよ。
商売として考えていけばね、そんなこともしてみたかったし、さっきも話した洋食屋、洋食の勉強もしていたから、そういうのを活かして街場の安い洋食屋や定食屋なんかもやってみたかったんだよ。
そういう意味では悩んだこともあるよね。こういうバーじゃなくってねぇ~。

オレ、お酒あんまり強くないじゃん。(笑)

昔、お酒あまり強くなかったのよ。こんなバーやってると呑まないとやっていけないもんな。ホント、そうなのよ。(笑)
酒弱くってさ、オレは洋食屋さんの方が向いてると思っていたし、バーやるっていうのはねぇ。

もし、このバーじゃなければ、洋食屋さんで音楽を、そうそうロックとかフォークとか聴かせながらの洋食屋さんをやっていたかもしれない。(笑)

<「ネブラスカ」はみんなの台所>

昔からの連中は、本当にここを大事にしてくれて、家族だと思っているよ。
よくそのころ言ってたんだよ、「ここは台所でいいよ」って。

若い子たちいっぱいいたから。地元の子よりも地方から出て来てる子が多かったんだよ。
あの子たちもみんな寂しいじゃん。ここを台所みたいに思って、早い時間に来て、台所で「今日は何があった?」とか言ってその日その日の悩みとかをみんなで話して。
一家団欒だよ。そういうところから始まったんだよ。

でもそれがね、広がっちゃうとね、許容範囲を超えて「ワァ~」ってなって、会話なんてできなくなっちゃう。(苦笑)

<あえてタブーな話も討論しよう>

できれば、みんなともゆっくりと悩みとか夢とか希望とか人生論とか、ひとりひとりと話もしたいんだけどね。

極端なことを言うと、呑み屋では政治の話や宗教の話はタブーだとされているけど、それもできるような場所にしたかった。
いいじゃん!あえてできるような店にしたかった。だって、ちゃんとそれが語り合えるのは、こういう場所だからできるんじゃないかな。

アットホームと言うか。少しぐらいは討論してもいいんだよ、オレはそう思うよ。

<ホームレスが来たエピソード>

前にホームレスを連れてきたやつがいて、臭いがすごいんだよ~。
みんなでも我慢してるんだよ。みんな若かったんだけど、一生懸命我慢している。
みんな、ホームレスの人も受け入れてるんだよね、オレも受け入れてる。
でも、ホームレスの人が気を使ったんだろうね、連れてきたやつに「もう、帰ろうか」って。
連れてきたやつは「いいんだよ、信さん優しいんだから大丈夫だよ!」って。お前が言うなよ~って。(笑)

<おじいさんが来たエピソード>

かと思えば、90歳ぐらいのおじいさんが、深夜にステテコの下着姿で来たのよ。
「マスター、酎一杯くれ!」って言うから、「焼酎ですか?」と聞くと、そうだって言うのよ。
扉を開けて立ったまま、グーを握っていて、その中に1円玉や5円玉や10円玉が握られていて、それをカウンターにポーンと出す。
いくらあるのか判らなかったけど、一杯呑みたかったんだろうな。ハイって一杯出してあげたら、一気に呑んだよ。(笑)

なんどかそんなことがあって、そのうち外のベンチでダウンしちゃって横になっているのよ。
ヤバイなと思って、お客の女の子が「家に帰らないとダメだよ」って言って何とか電話番号を聞いて、電話したんだよ。
そしたら奥さんがやってきて、おじいさんの奥さんだから、おばあさんだよ。ビックリしたのは、そのおばあさんが寝ているおじいさんを背中に負ぶって帰っていったんだよ!
もうホントに絵になるような感じね。すごかったね。

近くに住んでた人だったんだけど、あとから聞いたら二階の窓からひとりで降りて、逃げるようにやってきてたらしいんだよ。
家族から止められていたんだろうね。昔の昭和の人だよね。

<信さんの好きなアーティスト>

「五つの赤い風船」ってあるでしょう、あのバンドがすごく好きで、ほとんどのアルバム持っているよ。

西岡たかしさんって人がすごく好きで、発想がいいんだよね。ロマンチックやメルヘンチックな曲を作って言葉も優しいんだけど、言ってることは反戦歌だったりね。
ああゆう表現の仕方って、オレすごく好きだし、けっこう影響されたね。
若いときも「五つの赤い風船」のようなバンドをやってたよ。

<不死身の信さん>

吉田拓郎も好きだけどね。(笑)
あの人もそうだけど、オレも2回ガンやってるからね、「大腸」と「食道」とね。「結核」もやってるし。
最近は「狭心症」とかで、検査入院からカテーテルの治療もして、昨日退院したんだよ。

今日は大丈夫だったかって?
不死身だから大丈夫、平気、平気。

もう毎回、退院の次の日には店開けてるから。やってた方がいいんだよ、力になるからさ。自分もそんな風に持って行った方がリハビリになるんだよ。
絶対にやった方がいいんだよ。

客もみんなで示し合わせて、11時閉店にしてくれたりしたんだよ。どうしても体力は落ちてるからね。

食道ガンのときは大変だったな、10kgも痩せちゃったから。やっぱり前ほどは食べられなくなった、でも呑むのはいいんだよな。(笑)

<最近の人生観>

歳をとるっていうのはしょうがないことだけど、歳をとってからは、一日一日が勝負だね。

みんなからも言われるけど、長くこの店も続けていたいからね。思い残すことが無いような生き方もしたいからね。
自分の人生だから、自分の好きなことをやりたいようにやれるようにね。

店も「もういいかなぁ~」なんて思うことは無いよ。
自分の店だし、オレの自由にやってるんだからさ。もっともっといろんな人と出逢いたいし、もっと語り合いたいからね。

<「ネブラ座の怪人」>

年2回やってるライブ・イベント(「ネブラ座の怪人」)なんかは、まさにそうだよ。新しい出逢いもあるし、最高に楽しいんだよ。
「やるぞ~!」って言うと、みんな参加してくれるし、集まってくれるんだから。

一番最初は、ここをオープンして来てた連中がミュージシャンだったから、2周年記念にライブパーティでもしようかって言うことで、高円寺の老舗ライブハウス「JIROKICHI」で、2周年記念ライブをやったのが最初だったんだよ。
すごく賑やかで盛り上がりすぎちゃって、「JIROKICHI」に申し訳ないって感じになっちゃったのよ。
「JIROKICHI」って敷居が高いじゃない、いいのかなぁ~って。(笑)

その後は、不定期的に場所も決めずにジプシーのように転々とやってたのよ。
そしたら、新宿でオープンするっていう「Live Freak」を紹介されて、「よっしゃ、盛り上げよう~!」ってことで、いろんなバンドを入れちゃえって。それまではちゃんとしたライブをやってたんだけどね。(笑)

それから高円寺の「Club MISSION’S」で9年やってたんだけど、無くなっちゃったからまた「Live Freak」に戻ってね。もう、16年ぐらいやってるのかなぁ。

もうね、最近は15~20バンドぐらい出るようになっちゃったから、出番の調整とかひとりでやっているから、けっこう大変なのよ~。
入院している時期と重なっちゃったこともあったもんだから、病院のベットの上から連絡とって、「このぐらいの時間の、この順番で、どう?」なんてやってタイムテーブル作ったりね。(笑)
先生に相談して退院の日程を早めてもらったりね。

でも、みんなともコミュニケーションが取れているから、あんまり無理言ったり、時間を押してしまうなんてことはそんなになかったよ。

<ヤクザものにつきまとわれて2週間店を休んだ話>

※この話は、そろそろ酔いもまわってきて長いのと、話しの内容的にも割愛させていただきます。
聞きたい人は、直接信さんから聞いてくださいね。

<シャブ中がやって来るとあまりにも声が大きいからすぐに判る話>

※この話しも、内容的に割愛させていただきます。
聞きたい人は、直接信さんから聞いてくださいね。

<これからの「ネブラスカ」>

オレももう66歳だからねぇ。今まで32年間店をやってきて、10年、20年、30年ていう「時の流れ」、ここに来ている人たちの「人の関係」、ちょっとモノが違ってきているんだよね。

まあ、それもひとつの時の流れ、その中での流れのままに、そういうところでオレも乗っかってる面もあるんだけどね。それじゃないのかなって、オレもよく判らないんだけどさぁ。
客層も変わってきてるし、いなくなっている人もいるわけだし、それはオレがどうこうのでもないのかなって。
その時の流れに任せるのがひとつの自然な流れなのかなと思うところもあるし、自分なりにもうちょっと、まあ昔の思いがすごく強いんだけど、オレたちかなりこう、気持ちがひとつにまとまっていたような感じがするんだけど、今は分散している感じがあって、それも世相なのかな~とも思うんだけど。
もうちょっと人と人とのコミュニケーションを大事にして、そういう面があってもいいのかなぁ~って思うんだよ。
昭和だったんだよな、それがさ。

いつまでもあるんだろうなって思っていた店が、ある日突然無くなっちゃうこともあるんだけど、「ネブラスカ」はオレの健康次第だな。そりゃ判らんよ。

でも、オレはずっと続けていきたいけど、店はオレの持ちものではないから大家さん次第ってところもあるかな。(笑)

<信さんにとっての「愛」とは>

愛!「愛」って漠然としているから、もっと単純に言えば「優しさ」とか「思いやり」かね。あと人に対する優しさとして「察する」とかね、感覚の問題なんだよね。

優しい気持ちから「そろそろ帰んなさい」って言う代わりに、芝居をしたりするんだよ。
あえて怒った振りを芝居するのよ。でもね、普段あんまり怒らないもんだから、怒った振りしてて噛んじゃったりするわけよ。(笑)
そうすると、みんな大笑いしちゃうんだよ。(笑)
あんまり慣れないことをしちゃダメってことだよな。(笑)
でも、もし怒った振りでも、そいつのこと考えてやっていたとすれば「あっ、信さんが怒った!」って気がついてくれればいいかなぁとも思うわけよ。

けっこう、ヤンチャな連中が多かったんでね。


2019.3.28 THU
「ネブラスカ」にて。

取材:木澤聡
写真:小野千明